NURO DEVILMAN スペシャル対談 Vol.1 永井 豪 × 髙崎 卓馬
			 髙崎 「みんなタブーと言って逃げているだけですよね」
			 永井 「タブーとは誰もやっていないということ。だから描いたんです」

永井 コマーシャル、テレビで何度も見ましたよ。すごく面白いです。

髙崎 ありがとうございます。コマーシャルを作って20年になるんですが、ここまでふりきったものを作ったのは初めてかも知れません。

永井 モノクロって珍しいですもんね。そのせいか流れると目に留まって見入ってしまうんですよね。

髙崎 BGMには『デビルマンのうた』をドイツオペラ風にアレンジしました。ドイツ語で歌っているんですが、どうしても「デビルマン」とうまく聞き取れなくて、何度も録り直しました。この仕事をしているあいだ不思議な気持ちによくなりました。『デビルマン』を作っているせいだと思うのですが、やればやるほど自然と意識が死というものに近づいていったんです。それは広告だと触ってはいけない絶対的なタブーではあると思います。でもそれはどんな人間にも平等に訪れる絶対的なもので、無視できるものであるはずがない。そう思うと、その意味をどう考えるか。それをどう扱うか。言葉を選ばずに言うと「魅せられていく」感覚がありました。先生は『真夜中の戦士』という作品を74年に描かれていますよね。

永井 そうですね。「少年ジャンプ」の愛読者賞が最初でした。

髙崎 僕が初めてきちんと読んだ先生のマンガがそれだったんです。筒井康隆さんが編集した本にも収録されていて、父の本だったと思うのですが夢中になって読みました。あのときのショックがずっと抜けない。そして原作版の『デビルマン』と出会って、また衝撃を受けた。僕の世代は『デビルマン』に魅せられている人たちばかりだと思います。ずっと衝撃を与えられてきたというか。ああいう衝撃的な漫画をだすのは作る側にも相当な覚悟が必要だったと思うのですが。最新作の『激マン!』にその当時の葛藤が描かれていますが、先生って編集者にとって面倒なマンガ家だったんですか?

永井 言うことを聞かないマンガ家でしたね(笑)。

髙崎 それは確信犯的に?

永井 そうですね。自分のやりたいことを通したかったので、そうしていました。

髙崎 編集部からは「こういうシーンはクレームが来るからダメ」とは言われますよね。

永井 そうですね。それに当然、「もっとこうしたらどうですか」という提案もされます。でも「それは自分が発想したことじゃないからできない」と断るので、ケンカになることはしょっちゅうでした。ギャグマンガは当時あまりなかったスタイルで描いていたので、理解できていない編集者が多く、まかせてもらえることが多かったんです。ギャグは感覚の世界なので作家にまかせるしかない部分もありますし。でもストーリー物となるとなにか言いたくなるみたいで。

髙崎 嫌だったんですね。

永井 ギャグマンガと同じように勝手にやらせてくれよと思ってました。「少年マガジン」で『じん太郎三度笠』というギャグマンガを5週ぐらいの読み切りで描いたことがあったんです。主人公はじん太郎という時代劇のヤクザ。ギャグなので、主人公の前に死体がゴロゴロあったり、ニコニコ笑った首が転がってきたりする。第二部もあると言われていたのに、それが突然なくなった。どうしてかなと思っていたときに、赤塚不二夫先生から呼び出されたんです。行ったら初対面なのに「子供に色恋沙汰と残酷なシーンは見せちゃいかんのだ」ってものすごく怒られて。でも当時の「少年マガジン」って、リアルな絵で首を飛ばしたりするような作品が同じ誌面に載ってたんですよ(笑)。どうしてギャグでそれをやっちゃいけないんだろう、どうして少年マンガで恋愛感情を出しちゃいけないんだろう、って。帰ってから、「もしかして赤塚先生は、俺のことを怖がってるのかもしれないな」と前向きに考えました(笑)。それで、じゃあ赤塚先生が嫌がることをやろうと。

髙崎 アハハハハ!

永井 残酷シーンとエッチなシーン。それを徹底的に入れていこうと思った。その勢いで描いたのが『ハレンチ学園』なんです。その前からもたびたび編集から「こういう表現はダメ」「時代劇に水着を着た女の子が出てきたらダメ」とか言われて。どうしてだと聞くと、ただ「タブーだから」と。

髙崎 みんなタブーと言って逃げているだけですよね。

永井 そうなんです。でもタブーということは、誰もやってないってこと。だからどんどん描こうと思いました。映画はいろんなことをやっているのに、マンガだけないというのは変だとも思ったので。

髙崎 タブーとは誰もやってないこと、誰もが見てみたいと思うもの。確かにその通りです。

永井 『デビルマン』も、「少年誌ではもうこれが限界」と言われながらもなんとか描きたいことを描いてきました。戦って勝ち取ってきたものなんです。

髙崎 今の広告は、クレームが来そうなことは真っ先にやめておく体質になっています。今回のNUROのキャンペーンは、そういう意味ではとてもギリギリのことをしているとは思います。でも今回はどうしてもやりたくて。そこを躊躇するならデビルマンに触れる資格はないと思って。でも今回はやっぱり、僕たちはデビルマンという偉大な作品の威力をお借りして、その限界を超えさせてもらっている気がします。Webを作ってくれている仲間たちとも、デビルマンというかつてひとつのタブーを破壊した作品があったから、一致団結して新しい今の時代の作品を作れているんだと思います。やってはいけないと思い込まされていたことが、やりきらなくてはいけないことに一発で変換された。それがデビルマンなんです。

永井 そうなんですか。それはすごいな。

髙崎 これからもWebはどんどんすごいことになると思います。皆デビルマンに触れる喜びでものづくりに没頭していますので。

永井 豪 (ながい ごう)

1945年9月6日石川県輪島市生まれ
幼少の頃よりマンガ・映画・落語・冒険小説に親しみ、石ノ森章太郎氏のアシスタントを経て、1967年『目明しポリ吉』(ぼくら/講談社)でデビュー。翌年『ハレンチ学園』(少年ジャンプ/集英社)が連載開始となり、児童マンガの枠を越えたきわどい性描写や過激なギャグで物議をかもし、社会現象にまで発展した。
1972年にはマンガ連載と並行して「デビルマン」がアニメ化。以降アニメの企画、原案にも携わるようになる。「デビルマン」において、人間の心に悪魔の力と姿を持つヒーローの苦悩を描き、後世のクリエイターたちにも大きな影響を与えた。
以後、現在に至る迄、幅広いジャンルの作品を発表し続けている。現在、「週刊漫画ゴラク」誌上にて『どろろとえん魔くん』を連載中。
代表作には『ハレンチ学園』『デビルマン』『マジンガーZ』『バイオレンスジャック』『キューティーハニー』等多数。日本SF作家クラブ会員。

髙崎 卓馬 (たかさき たくま)

1969年10月1日生まれ
福岡県出身。エグゼクティブ・クリエーティブディレクター、CMプランナー。
サントリー「ムッシュはつらいよ」、「オールフリー」、「アセロラ体操」、JR東日本「行くぜ東北」インテル、JRA、ANA、BEAMS「恋をしましょう」など、多くの話題のキャンペーンを手掛ける。
AC『クジラ』で2002年のカンヌ国際広告賞、JR東日本『MY FIRST AOMORI』で11年の東京コピーライターズクラブ賞グランプリなどを受賞。
2010年クリエーターオブザイヤー。
09年には、映画『ホノカアボーイ』の脚本・プロデュースを担当。著書に『表現の技術』、共著に『上野樹里とナニカをツクル旅』、小説『はるかかけら』がある。

  • NURO DEVILMAN スペシャル対談 Vol.2 公開中
  • NURO DEVILMAN スペシャル対談 Vol.3 公開中
最新エピソード公開中 NURO DEVILMANはこちら
  • エリア検索・お申し込み(1都6県のみ)

    ※半角数字

  • NURO 3周年記念プレゼントキャンペーン
  • 回線変更でプロバイダ料金などランニングコストを見直し
  • インターネット速度 世界最速!大容量データのUPも楽々
  • ご利用中のお客様に聞きました。「NURO 光、実際のところどうですが?」
  • ソニーストア×ソネット PlayStation4がもらえる!
  • 楽天スーパーポイントも貯まる!「NURO by So-net 楽天市場店」はじめました。

※ 速度表記についての注意事項はこちらをご覧ください。